Yuu' | 体験ログ

noteでも同じ記事公開してます

子供のときに描いた絵の話

 

お題「子供の頃の不思議な体験」

保育園の時の話。

小さな白い紙に青いクレヨンで絵を描いてみた。
子供ながらに「けっこう上手く描けたな」と思った。
だけど「親や先生は何の絵かよく分かってないんだろうな」と思った。

その絵を、自分の勉強机の普段あまり使っていない引出しにしまった。

しばらくして、その引き出しからそのときの絵が出てきたけど、
不思議と何の絵なのか分からなくて、

描いたときははっきり分かっていたはずなのに、それが見えなくなっていて驚いた。

しばらくじっと見つめているうちに、少しずつ「何の絵か」が見えてきて、安心してまた引き出しに戻した。

時間が経って、また引き出しを開けてみると、今度は、前よりも絵が見えるようになるまで時間がかかった。

絵はどんどん難しくなっていって、何度か繰り返しているうちに、何の絵だったのか分からなくなった。

子供ながらに「大人になるって変わっていくことなのかもしれない」と感じた、幼い頃の思い出です。

年末の大雪の夜カラオケ難民になった

12月の終わり。

一人暮らししているアパートの大掃除を終えた夜、大雪の中バスに乗った。

駅に着くと、ごはん屋さんで爆食した。

次の日の朝に地元へ帰省する予定だったから、この後カラオケでオールするつもりだった。

だけど年末の土曜日で帰省ラッシュだった事もあって、駅前のカラオケ3店舗連続で「一人のフリータイムは厳しい」と断られた。

どこも込んでいて、人だらけだった。

とりあえず泊まる場所を探さなくちゃいけなくて、探したらここから2、3km離れたところに「快活クラブ」があって、そこで泊まる事にした。

大雪の中歩けなくて、タクシーを捕まえて行き先を伝えた。

運転手さんは地元の人で、話しやすい人だった。

昔この辺りにあったお店や、お互いの地元についていろいろお話した。

会計は2,000円だった。新紙幣に慣れてなさすぎて20,000円差し出し、

運転手さん:「おおお客さん、これ一万円札です!」
俺    :「え?あ、本当だ。良かったー運転手さん良い人で。」

なんて呑気な事を言いながら会計してタクシーを降りた。

快活クラブの一番安いオープン席で、アニメ見たり、作業したり、めちゃくちゃ満喫した。

朝になってシャワーを浴び、近くのバス停からバスに乗り、また駅前まで戻ってきた。

昨日混んでいたのが嘘みたいにガラガラになった駅前のカラオケで2時間半歌ってから、電車で帰省した。

一人で過ごすこういう時間がすごく楽しい。

2024年度 上智大学 理工学部 編入受験体験記

お題「受験期の思い出は?」

f:id:yuunotaikenlog:20250413001054j:image

 

□ はじめに

高専から第1志望校として、上智大学 理工学部 機能創造理工学科の編入学試験を受験しました。

キャンパスや建物の雰囲気、カトリックならではの教育方針などに惹かれて受験を決めました。

2024年度、上智大学 理工学部 機能創造理工学科 の編入学受験者は、僕一人だけです。

この記事では、上智大学 理工学部 機能創造理工学科の編入学受験の体験を書いています。


□ 自己紹介

〇名前: Yuu

〇現在: 大学生

〇学歴: 高専 (電気系)
     → 長岡技術科学大学 (情報系) 3年次編入

編入学受験校:
 ・長岡技術科学大学 (国立)
 ・新潟大学 (国立)
 ・上智大学 (私立)
 ・ICU 国際基督教大学 (私立)


上智大学 理工学部(機能創造) 編入学試験について

受験したのは、2023年の11月下旬です。(2024年度入学試験を受験)
僕が受けた時の試験情報について、以下に記載します。

大学・学科名: 上智大学
                           理工学部 機能創造理工学科
                           (四谷キャンパス 東京都千代田区紀尾井町 7-1)

試 験 区 分 : 特別入学試験 (編入学試験)

願書受付期間 : 9 月中旬 ~ 9 月下旬

試験日: 11月26日 (日)

結 果 発 表 日 : 12月上旬

提 出 書 類 : 
  ○成績証明書
  ○志望理由書 (800 字程度)
  ○学業計画書 (1200 字程度)
  ○卒業見込証明書
  ○単位修得見込科目リスト
  ○修得済および修得見込科目すべての講義概要等
   講義内容のわかるもののコピー (※A)
  ○出願要件として定められた各種試験・資格の
   成績または合格を証明する書類 (※B)
  ○その他いろいろ

試 験 科 目 :
  ○理工学に関する基礎的な知識を問う問題
                 (選択問題) (※C)
                   【1 時間:30 分 】

面 接 : 個人面接 (15 分強) /面接員: 2 名

確 約 書 : なし

合格した際の学年: 3年次 (※D)

試験結果: 不合格


上智編入の詳細情報

※A ... 高専で受けた授業すべてのシラバスを A4 片面に 2 ページずつ両面印刷して提出しました。これは、大学入学後の単位認定に使用されます。

※B ... 上智大学の各学科毎に、外国語検定試験による出願基準が定められています。各学科の指定する外国語検定試験の、いずれかの基準を満たしていなければ出願ができません。(神学部 神学科は代わりに神父の方からの推薦状等が必要)
※僕は、最短で理工学部の出願基準を超えるために、パスポート申請してIELTS 4.5 (4.0以上が必要だった) を取り、クリアしました。

※C…(有料部分に記載)

※D上智大学は「3 年次編入」という名前で編入学試験を実施していますが、上智の 2 年生までに取らなくてはいけない必修科目が、高専 (編入前の大学)で履修した授業の中でどれだけ単位認定されるかで、卒業までにかかる年数が決まります。
卒業までに 3 年以上かかると判断された場合、3年に編入しても学部卒までに3年かかったり、2年次編入になる可能性もあります。(合格後に、大学側で単位認定について決められるようです。)
ちなみに、僕が過去に調べた限りでは、高専からの編入学の場合、原則として単位認定されるのは 4、5 年生の間に履修したものになるはずなので、もし今もその方針であれば、高専から上智大学編入する場合は、3年かかる可能性は高いと思います。
(受験期に調べたデータなので、現在の情報については調べてみてください。)


□ 試験前日から試験当日までの様子

前日、大学の下見に行きました。
オシャレ。
上智大学に隣接しているイグナチオ教会の
ミサにも少し参加しました。
泊まったホテルは東急ステイ四谷です。
上智大学まで徒歩5分くらい。
クリスマスが近かったのでツリー飾ってありました。
自由に使えるスペースがあって、
そこでずっと勉強していました。
当日の朝食は、ホテルで用意された食事をとりました。
前日の昼食と夕食、試験終わった後の夕食は、
ずっと近くのバーミヤンに行っていました。
受験当日、試験会場の案内板が出ていました。
機能創造の編入学試験は6号館でした。
この日、実施されたのは、編入学試験だけではないので、
受験生がたくさんいました。
左上の写真が試験会場です。
試験監督1人、試験スタッフ2人 (上智の学生さん)が付いてくれていました。
面接までの待機場所もこの部屋で、面接場所は別の部屋でした。

□ 出願書類

提出書類がかなり多く外国語検定試験の基準を満たす必要があるため、上智大学は、出願するまでが、まず大変でした。

( 外国語検定試験で結果が一番早く出るのは、おそらくIELTSです。時間がない人は、パスポート取ってIELTS受けるのがおすすめ。)


高専から上智編入する際の併願校

併願校は、長岡技術科学大学新潟大学でした。

上智の受験は、国立大学と比較して、受験時期が遅いです。

併願校の入学手続きや、確約書等の期限が、上智の合格発表後でも間に合う必要があります。

なので、上智大学を第一志望校にすると、併願校として受けられる国立大学はかなり限られてきます。


高専から上智大学を受験して

受験は、時期的に卒業研究の中間発表と、時期が被っていたので、かなり忙しかったです。テストやレポートは、必要最低限でやっていました。

高専から受験する場合、周りの人の進学先の多くは、専攻科や国立大学なので、上智の受験の頃には、ほとんどの人が進路確定しています。

「周りは周り。自分は自分。」と割り切って、挑戦した方が良いです。


上智(理工)編入の難しい点

まず、外国語試験で基準をクリアしていなければ出願できない事提出書類が多い事などは、上智編入の大変な点だと思います。

また、他の理工系大学の編入学試験と比較して、上智大学編入学試験は、試験範囲が明確に示されていません

唯一示されている情報は「理工学に関する基礎的な知識を問う問題 (選択問題) (90 分)」という事のみです。試験内容の予想と対策をする必要があります。

さらに、そもそも上智編入学受験者は毎年少ないので、過去の受験者からの情報収集が困難です。

面接も、国立大学と比較して特徴が違う印象がありました。


以下に、2024年度 上智 機能創造 編入学試験の「面接内容」「筆記の問題形式」「今後の試験範囲の予想」をまとめました。

上智編入を考えている人も、そうでない人も、参考にしていただければ幸いです。

※続きは、X (旧Twitter) でシェアすると割引になります!

この続きを読むには
購入して全文を読む

近所のおばあちゃんの話

隣のお家に、昔から野菜とかお菓子をたくさんおすそ分けしてくれる、優しいご夫婦が住んでいて、

そこのおばあちゃんとお話するのが楽しかった。

おしゃべりなおばちゃんで、会うとたくさんお話してくれる人だった。

小さい頃から音楽習っていたのもあって、小学校とか、中学の文化祭で、ドラムやったりギターやったり、吹奏楽部でいろんな楽器演奏してたら、

おばちゃんは、自分の孫が居るわけでもないのに、そういう場に、足運んで見に来てくれてた。

会うと、「すごいねぇ」「よくあんなに器用にいろいろこなすわ」とか「小さかったのに、好青年になっちゃって」「髪型がまたカッコイイわ」なんて色々褒めてくれた。

年末、県外から帰省して、久しぶりにおばちゃんに会いに行った。

「おばちゃん、お土産持ってきたよ。」って、お菓子渡しに行ったら、
また中学の時の話とか、たくさんお話してくれた。

いつも「話すと元気もらえるよ。」って言われるけど、自分もおばちゃんからたくさん元気もらってきた気がする。


こういうご近所付き合いが自分の原点になっている気がして、素敵な縁に恵まれているなと感じます。


やりたいことの見つけ方

 

 

お題「人生の中でどうしても手に入れたいもの」

この記事では、「やりたいことの見つけ方 (#3)」について書いてみました。

(前の記事) #2 大学選びと専攻分野の変更



□ やりたいことは自分にしか分からない

小さい頃から「将来何がしたいのか分からない」と悩んでいました。

大人からは、「幸せになるため」に「安定した職に就いた方がいい」とか「大手企業に勤めた方がいい」とか色々言われることも少なくなかったけれど、

それが「本当に自分にとっての幸せなのか」は、分からないから、
「他の人の言葉より、自分の気持ちを一番に考えよう」と思うようになりました。


□ 多くの経験からきっかけが作れる

「やりたいことは一つに絞らなきゃ」と思い込んでいた時期もありましたが、大学編入を機に一人暮らしを始めたタイミングで、SNSやブログ、音楽など、「やってみたい」と思ったことを片っ端から挑戦してみたら、少しずつ形になっていきました。

高専時代、授業中にノートに書き留めた「やりたいこと」のリストを、少しずつ挑戦していったのがきっかけでした。

その中の一つだった「Instagramの収益化」は、今ではそこそこの収益を得られるようになったし、そういう小さな挑戦が将来の方向性を考える材料にもなっています。

例えば、「バドミントンが好きだから挑戦してみる」→「試合を見て喜んでくれる人がいる」→「自分も嬉しくなった」→「人を喜ばせる仕事がしたいかも」という流れがあるように、最初の小さな挑戦が次の発見につながることも多い気がします。

僕の場合も、とりあえず動いてみたことが「SNSやブログの収益化」に繋がり、そこから「将来やりたいこと」の輪郭が少しずつ見えてきました。

「先生になりたい」「看護師になりたい」「エンジニアになりたい」みたいに、職業名で夢を目指すのも大事だけど、それだけが将来の形じゃないはずだし、

やりたいと思ったことは一つに絞らず、いくつでも挑戦してみれば良いと感じるようになりました。


□ 考えるだけじゃ多分分からない

勉強や研究だけでなく、バイト、ボランティア、副業、趣味も含めて、何か行動してみることで「自分はこういうことに興味があるのかもしれない」と初めて気づけました。

高専でも電気系に進んだお陰で、その後違う分野へ進んだり、大学で新しい挑戦ができた気がします。


□ 最後に

3つの記事に渡っての長くなってしまいましたが、いろいろ書いてみました。

この記事が同じように悩んでいる人にとって、小さな挑戦から将来何をしたいか見つけるきっかけになれば嬉しいです。


大学選びと専攻分野の変更

 

 

お題「環境を変えたら人生が変わった話を教えて」

 

この記事では、「大学選びと専攻変更 (#2)」について、
どの大学・学部で学ぶかを決めた経緯や考え方を書いています。

(前の記事)#1 高専生活



□ 大学進学

大学進学(編入)する事だけは、早い段階で決めていました。

何か大学で学びたい事があるからじゃなくて、自分はまだ、将来何をしたいのか分からなかったし、そんな状態で、なんとなく就職するのが嫌でした。

学生時代に挑戦したい事(#1の記事の話の中で、授業中に書き出したやつ) があったし、

夢が見つかった時に、応用が利くように最低限学士は取っておこうと考えていました。

でももちろん、例年高専からの進学先のほとんどは国立大学の工学部でした。

工学部に興味が無かったし、電気の分野が嫌いだったから工学部の電気系に進んでも、

また同じような日がなんとなくで続いていく気がしました。

このまま変わらないのが嫌で、5年生の4月に「違う環境に行こう」と決めました。


通信制大学の進学も考えた。

学士が取れて、場所に依存せず、いろんな挑戦がしやすい環境なら、「通信制大学もアリかもしれない」と考える時期が結構ありました。

ネットで調べると、学費面であったり、家庭環境によって、通信制大学を選んでいる人が多くいました。

でも、自分はありがたい事に、金銭的にも支援してもらえる環境だったし、

今いる状況的に、高専の強みも活かして、国立・私立関係なく通学制の大学に編入できる可能性は十分にあると思いました。

それに、通信制大学よりも通学制大学の方がいろんな人と関わって、いろんな経験ができるんじゃないかなと考えるようになりました。

別に挑戦したかった事は、通信制大学じゃないとできない事ではなかったし、普通の人が、当たり前に進学できない大学での生活には価値がある気がしました。

「せっかく高専にいた強みを活かせるなら、通学制の大学で挑戦してみる」という気持ちに切り替わっていきました。


□ 志望大学

最初、地元の国立大学の電気系を周りから薦められていました。

でも、それだと環境が変わらないと思ったし、「挑戦したい事」がやり易いように「一人暮らししたい」と考えるようになりました。

工学部が嫌いで、工学部以外の学部を受験する事も考えた時期がたくさんありました。

だけど、今後やっていきたい事が分からない状態で「将来的に、いろんな場所で活かせる可能性が高いスキル」と考えた時、工学部以上の場所は無いと考えるようになりました。

その中で「行ってもいいかな」と思えたのが、上智大学の機能創造理工学科でした。

電気だけではなく、広い範囲を学ぶカリキュラムにも魅力は感じましたが、何より上智大学の教育理念や歴史、キャンパスの雰囲気が好きだったので、この環境の中なら頑張れるかもしれないと思いました。


□ 併願大学選び

地元から遠すぎる大学は嫌だったので、地元と簡単に行き来しやすいように、近隣県、関東圏の中から受験大学を選びました。

国立大学は、上智大学と比べて編入学受験の時期が早かったので、国立大学の中から併願校を選びました。

「近隣県か関東圏にあって、上智の合格発表まで、入学手続き等が間に合う国立大学」という条件で絞っていったら、最終的に残ったのが、新潟大学長岡技術科学大学(以降、技大)でした。

電気系からの編入だったので、大学も似た分野の方が受かりやすいと思い、とりあえず新潟大学は同じ系統の電気系を受験しました。

でも技大に関しては、電気系ではなく、違う分野の情報経営を受験しました。
理由は、今まで調べてきた工学部の中で、唯一少しだけ面白そうと思えた分野だったからです。

今まで触れてこなかったものが多くあり、魅力を感じました。

新潟大学は何故か受かるつもりだったので、技大では電気系ではない、別分野への挑戦もしてみようと思いました。


□ 合否結果

結果として、新潟大学は不合格、技大が合格でした。

新潟大学は学力試験の倍率が7倍だったので仕方ないと思えました。

技大は、高専で培った自己流の勉強方法を使って、5日で合格しました。倍率は2.6倍とかだったはずなので奇跡でした。

(技大は8割が高専からの編入学受験生なので、編入受験の競争率が高い大学です。そもそも1年生から入ってくる人がかなり少ないので偏差値はあてにならないです。受験される方は僕みたいに変な事しないで、悔いのないように頑張っていただきたいです。)

残念ながら、第一志望校だった上智大学は落ちてしまいました。

その後、リベラルアーツ教育に興味があったので、「受からなくても挑戦してみたい」と思い、ICU国際基督教大学)も受験しましたが、不合格でした。

いろんな思いを持って、4つの大学を受験しましたが、それぞれの大学受験をしたからこそ、分かった事や、感じられた事がありました。

やってダメだった事に後悔は残らないので、振り返ると大学受験が楽しかったし、多くの経験ができて、どの大学の受験も挑戦して良かったと感じています。

上智とICUは、編入学の受験時期が高専の卒研が忙しくなる時期と重なっていたのでかなり忙しかったです。

受験大学

□ 大学生活_別の分野に行ってみるという選択

実際に、技大の情報経営に行って、工学の見え方が少し変わりました。

例えば実験の授業は、高専まで回路を組んで測定をして傾向を出して、とかでした。

でも大学では、実験の授業はプログラミングがメインになって。

「このゲームをこういう風に改善したいから、こういうプログラムを組む」とか、「目的があって、それを実現するためにプログラムを書く。そのスキルが将来どんな場所で活きてくるのか。」みたいな、

今やっている事と将来がどう繋がるのかを、工学部にいて初めてちゃんと感じれた気がしました。

(※たまたま自分は電気系より情報経営の方が興味が持てた。得意・不得意ではなく。)

もちろん技大の情報経営だから、周りはずっと情報系を専攻してきた元高専生ばかりで、レベルが高い人ばかりでした。

付いていくのがやっとだし(ちなみに長岡技大は国立大学 退学率ランキング No.1)、友達や先生に助けてもらわないと、できない事もたくさんありました。

それでも、学ぶ意味を見つけられた気がしたし、興味があるものが少しずつ見えてきたので、結果的に技大に来れてよかったと感じています。


□ 研究室配属

3年生の時点で研究室配属されました。

研究活動の一環として今までやってこなかった活動にも参加したり、学会に出てみたり、いろんな経験ができました。

たくさんの方と関わる中でなんとなく、自分にとって興味があるものが見えてきた気がしました。


□ 今やっている事が違うと思うなら

僕の場合は、同じ工学部内でも、専攻分野を変えただけで、将来の見え方が変わりました。

今やっている事に興味を持てないのなら、今いる場所ではなく、違う場所に行って、別の事に挑戦するのもアリなんだと感じました。


(続きの記事)#3 夢とやりたいことの見つけ方

高専生活

 

□ はじめに

中学卒業、高校・高専進学、大学進学、就職やその先。

進路や将来について考える瞬間は、誰でもあると思います。

だけど、簡単に答えが出るものではないし、悩む人も多い気がします。

僕もなかなか自分の将来像が見えずに、進路選択では人よりも時間をかけてたくさん悩みました。

備忘録として3つの記事を通して、「将来を見つけるヒント」につながっていった過程を書いています。

#1 高専生活
#2 大学選びと専攻変更
#3 夢ややりたいことの見つけ方

ここでは、「高専生活 (#1)」について、
やっていた事と考えていた事を書いてみました。


□ 自己紹介

〇名前: Yuu

〇現在: 大学生

〇学歴: 高専 (電気系)
     → 長岡技術科学大学 (情報系) 3年次編入

〇趣味: 音楽と料理

編入学受験校:
 ・長岡技術科学大学 (国立)
 ・新潟大学 (国立)
 ・上智大学 (私立)
 ・ICU 国際基督教大学 (私立)


□ そもそも高専に進学した理由

だいたい高専に入学してくる人達は、工学系に興味があったり、就職に強い事や大学入学共通テストを回避して準学士(短大相当)まで取れる事、国立大学への編入学試験が多く受験できる事などに、魅力を感じて入ってくる事が多いと思います。

でも僕の場合、高専進学の理由は「校則が緩いから」という理由でした。

親に勧められて、冬休み前に仕方なく高専を見学に行ったら、自由な印象があって。

中学は校則が厳しくて居心地が悪かった事もあって、180度も違う環境が新鮮でした。

もう一つ進学理由を話すとしたら、「高専の学力試験が自分に有利な配点方式だったから」です。

僕が受けた時は、数学・理科・英語の配点が2倍、国語・社会はそのままという配点形式でした。

小さい頃から理系科目と英語は強くて、中学入ってからは、数学・理科・英語はクラスで一位とれる感じでした。
(田舎の中学だったから、めちゃくちゃ小規模校だったけれど。)

これに対して、社会と国語はクラスの下から数番目。

社会に関して言えば、中学3年生(公立高校受験間近)の時に模擬試験受けたら31点叩き出して、社会の先生からは、

「お前、こんなんでどうすんの。」って。
「いや、俺が聞きたいわ。」って話ですよね。

そんな偏った学力だったから、

高専の学力試験以上に自分の強みを生かせる試験はないと思って挑戦しました。

(ちなみに、高専の推薦入試は中学の先生方と仲が悪くて内申点が低かったので受けられなかった。あと、自分の学力で合格したいという気持ちが強かった。)

得意科目が重要視されていたので、高専の受験勉強は楽しかったです。

「お前、こんなんでどうすんの。」って言われた数日後に、高専の合格発表があったから、「やってやったわ」と思いました。

僕のいた中学の学力レベルはあまり高くなくて、数十年ぶりに高専進学者が出たようです。ある種の快挙でした。

「名前残してやったわ」と思いました。

高専落ちたら、ダメ元で県内で2番目に難関の公立高校受けるつもりだったので一安心でした。 


高専で興味が持てるものがなかった

僕が受験した時は、学科(全5学科)毎に募集がかかっていました。

とりあえず入れれば良かったので、例年の各学科毎の倍率傾向から一番倍率が低そうな電気系を受験しました。(実際一番低かった。)

結果、電気電子工学科に合格します。

でも、実際に高専で専門科目の授業が始まって、「あ、あんまり面白くないわ。」って感じる訳ですね。

「もしかしたら5年間のうちに興味を持てるようになるのかもしれない。」とも思ったけれど、時間が経ってもやっぱり、そもそも興味ない事は、時間が経っても興味を持てるようにはなりませんでした。

周りの人は、授業でやった事を好き嫌い関係なく、とりあえず時間をかけて勉強して覚えていたけれど、どうしても自分にはそれができなくて。

昔から、面白いと思ったものにはとことんのめり込むけど、興味のない事には時間をかけられなかったし、どれだけ時間をかけても身に付きませんでした。

(さっきの話。中学の時、国語と社会ができなかったのもそういう理由。)

昔も今も、好きじゃないものを無理に好きになる必要はないと思っています。


□ リスクが少ない成績を逆算して狙った

幸い、高専はちゃんと実験レポート出して試験を突破できていれば、ちゃんと成績が付いて進級ができる環境だったので、試験で点数を取る努力はしました。

試験内容を理解して試験に臨むのではなく、意味が分からないところは理解を諦めて、出題されそうな問いの解答の文章を丸暗記したり、

100%理解していないまま計算手順を記憶したりしていました。

1学科全体40人の中で、成績が上過ぎたら頭が良いと勘違いされて、変な期待をされてしまうし、下すぎると先生に目を付けられてしまうから、

半分より少し上の15位くらいが一番リスクが少ないと考えました。

それに、自分がやりたい事や将来が見えた時、成績が15位だったら、進学にしても就職にしても、あまりネックにはならないと思ったから。(実際後に受ける大学の面接でもネックにならずに突破できました。)

科目毎にだいたいの平均点を予想して、その平均点を少しだけ上回れば、おそらく成績は15位くらいになると思って、

その点数を取るためには、最短どれくらいの時間、どんな試験対策をすれば良いのか逆算しました。

最短ルートを考えて、結局試験対策を始めるのは、だいたいその試験当日の0時から(笑()。寝たらアウトでした。

そこから徹夜で理解や暗記をひたすら朝まで続けて、行きの電車の時間も、とにかく暗記にあてました。
(科目毎、事前にこんな対策しようというのは、ある程度決めておいた。)

授業なんてほとんど聞いていないのに、そんなだから、試験開始直前に「テストいけそう?」とか、ちょっと友達に話しかけられると全部忘れてしまいそうなくらい、試験はギリギリの勉強時間と記憶で臨んでいました。

試験解き終わった時には、もう何も覚えてませんでした(笑)。

だけど上手い具合に、成績は12位~18位くらいを行き来してました。

なんだかんだ、そうやって乗り越える試験は楽しかったです。 


□ 授業中は将来何しようか考えてた

ちゃんと授業聞けって話なんだけれど、授業中は将来やりたいことを考えることがありました。

「何になりたいか」
じゃなくて「何をしてみたいか」を考えていました。

後からいくらでも消せるから、できるできない関係なく少しでもやりたいと思う事を、ノートに一つずつ書き出していきました。

気が付いたら、自分でも驚くくらい、メモ帳がびっしり埋まっていて。

(料理できるようになる、Instagramでお金稼ぐ、ブログ書いてお金稼ぐ、音楽でこんな活動してみるとか、いろいろ)

「医者とかエンジニアとか、なりたいものはなくても、やりたい事はたくさん持っていたんだ。」と自分でも気づきました。

「何になりたいか」を先に考えるんじゃなくて「これがしたい」っていう考え方が、一番将来を見つけられるきっかけになると思いました。

授業中にそんな事やっていたから、時々あてられそうになると友達に「ヤバい、今どこ!?」とか聞いていました。


□ 卒業研究は目立ちたかった

高専3、4年生の時から、5年生の卒研発表を見る機会がありました。

「難しいしいテーマばかりを扱っていたから、後輩たちは理解できなくてあまり質問ができないし面白くない」ように僕は感じていました。

スマホいじって退屈そうにしている人も居て、ただ退屈な発表時間が続いていくような感覚でした。(先輩達に怒られそう。)

だから、自分の研究発表の時は後輩たちがちゃんと聞いて、突っ込んだり質問してくれるような内容にしたくて。

あと目立ちたかったので、みんなや先輩たちと同じようなことやっても、みんなの記憶に残らないと思って、電気系ではあまり扱われていないテーマで、誰でも理解して質問しやすい研究にしました。

大学受験の関係で時間があまり無かったこともあり、発表直前に被験者3人だけ集めて3日で測定しました。

3、4年生の前でした最終発表では、説明しない穴を作って後輩が質問を投げやすい発表にしました。

(結果、想定の2、3倍質問がきた。)

質問の時「一番後輩に手をあげさせる」っていうのが目標だったから、バッ!ってたくさん手が上がって、大満足でした。

(徹夜だったから具体的に何答えたかあまり記憶はないです。)

電気系らしくない内容の発表だったし、レベルも大丈夫かってくらい低かったので、「もっといろんな人にボロクソ言われるかな」と思っていましたが、

どういうわけか評価してくれる人もいて、個人的には満足でした。

「周りがこうだから自分も似たようなことをする」じゃなくて、「人とは違うけれど、自分はこうしたいからこうする」っていう行動も正解なんだなと感じました。

僕がやりたいように自由に研究させてくれた研究室の先生には頭が上がりません。

そして、結果的にストレートで高専を卒業しました。